包丁職人はアーティストである。 越前打刃物を世界に広げる黒﨑優氏が描く「未来の伝統工芸」とは。

CULTURE

約700年の伝統を誇る「越前打刃物」。全国で初めて伝統的工芸品の指定を受けた匠の技を、新しいカタチで世界に届けるアーティストが包丁職人の黒﨑優氏だ。黒﨑氏が作る包丁やハンティングナイフは、独自デザインの「鎚目」の美しさや抜群の切れ味が人気で、アメリカ、カナダ、オランダ、ドイツ、スイス、フランス、台湾など世界各国で支持されている。オーダー待ちは約1万本。伝統工芸の枠にとらわれない、斬新なデザインを次々と生み出すアーティストにその原点と未来について伺った。

Text by FUJITOMI Hiroyuki

Photographs by MORISHITA Shozo

Photographs by NISHINAKA Masakazu

有名になれるのなら、なんでもよかった。
鍛冶にのめり込んだのは包丁の「格好良さ」に惚れたから。

黒﨑氏が越前打刃物と出会ったのは22歳の頃。高校卒業後、建設業などの様々な仕事を渡り歩いており、当時はなりたいモノは特に見つけられていなかった。ただ、幼少期からたった1つ、抱き続けていた未来の姿があったという。

「とにかく『有名になりたい』という夢はありましたね。その方法は、学生時代は野球をやっていたので野球選手になって有名になろうと思っていました。勉強用のノートにサインの練習をしていました。その量はノート10冊分くらいです(笑)」

野球選手の夢は破れたが、それでも根幹の想いは変わらなかった。そして出会ったのがハローワークの紹介で出会った「包丁職人」という仕事だ。

「地元の伝統工芸だということは知っていたのですが、当時はそれ以上の知識も興味も最初はありませんでした。ただ、工房を訪れた際に見た包丁の格好良さに一目惚れしてしまったんです。それに刀身に刻印を入れられるのが『自分を売る』ための方法としても、魅力的だと思えたのです」

すぐに弟子入りを決めてから10年以上、修行の日々が続いた。楽な仕事ではない。途中で諦めてしまう人も多いなか、鋼を摂氏800度以上で加熱し、ベルトハンマーで何千回も叩き、研ぎ続けた。ただ師匠から学ぶだけではない。黒﨑氏は修行時代から常に「自分にしか表現できない包丁」を追い求めていた。

世界で人気を博す独自デザイン「鎚目」。
日本にはない「包丁の価値」を追求し続ける。

黒﨑氏の代名詞といえるのが、刀身に打ち付けたような跡を残す「鎚目」という独自のデザインだ。その美しさはもちろん、切った食品が刃にくっつきにくくなるという実用性も備えている。また、一つ一つ手作りするので同じ模様がないことも「世界に一つだけの包丁」という作品としての価値も高い。

「『工芸=工業』という観点は最初からありませんでしたね。モノを切るという行為そのものは数百円の包丁でも出来てしまうわけですから、伝統工芸ならば工業製品にない価値を作り出すことが大切です。当初はそのカタチは頭の片隅にあった程度でしたが、試作品をつくり、改善を図ることに精力を注ぎ続けました。そして出来上がった包丁に最初に大きな反応があったのは海外でした」

2014年に独立後、スウェーデン大使館のレセプションに出席したほか、2016年にはスウェーデン、ドイツ、オランダ、カナダ、スイス、アメリカに渡って鍛造や研ぎの実演を行っている。どの国においても包丁は道具ではなく、作品として多くの人の興味を集めていたという。

「鍛冶職人はアーティストやクリエイターであり、包丁は作った人も含めて価値になることを知り、とても大きな刺激を感じました。感覚的にはジュエリーと同じです。だからこそ『もっと表現したい』とか『世界観を伝えたい』といった意欲がさらに大きくなるんです。雫、風神、雷神、閃光、樹氷といったシリーズを生み出したのも、今にはない包丁の『セクシーさ』などをカタチにしたいという思いからです」

24時間、365日、作品について考えている。その日の気候や夕飯の食事中にもアイデアが降ってくることもあるという。

「包丁は多くても1日に10~15本、年間でも3000本しか打てません。それでも待っていただいている人たちがたくさんいらっしゃるので、当たり前ですが手は抜けませんね。自分の名前を刻印するということは、越前打刃物だけでなく自分のブランドを背負うということですから」

世界に羽ばたく職人を育成し、
伝統工芸の未来をつくる


次世代の鍛造打刃物職人として国内外で注目を集めている黒﨑氏は、さらに若手の育成にも積極的に取り組んでいる。黒﨑氏の工房には多くの弟子入り志願者が訪れており、現在は2名を弟子に迎えている。師匠としてこだわっているのは、技術の継承はもちろん、世界に通じる感性を養うことだ。

「越前打刃物は全国でもいち早く後進の育成に力を入れており、後継者不足が顕著な伝統工芸の世界でも若者は多い方です。ただ、『右ならえ』のものづくりでは可能性は広がりませんし、日本の包丁に対する意識は変えられません。だからこそ、より広い視野に立って自分の作品を作って欲しいと思っています。弟子と一緒に渡米するのも、私自身が世界に行かせてもらって様々な刺激を受けてきたからです。今までにない包丁やナイフをドンドン作って、なんでもチャレンジして欲しい。私はこれからも同じように取り組んでいきますし、そんな環境をつくっていきたいと思っています」

約700年の伝統の技術と斬新なアイデアを組み合わせ、新しい価値を作り続ける黒﨑氏。自身が生み出すナイフや包丁だけでなく、日本人の価値観や越前打刃物の環境そのものの変革も見据えている。よりアーティスティックで新しく多様性に富んだ黒﨑氏が描く未来とはどのようなものなのだろうか。

伝統工芸未来

鍛冶屋からクリエイター、アーティストへの価値観の変換を

新しいモノ、新しいデザイン、新しい価値を作り出すのはチャレンジの連続です。何百本、何千本の失敗が積み重なりますし、時には批判を受けなければならないこともあります。ただ、思い描いた理想はその先にしかありません。自分だけでなく一人でも同じ思いの職人(アーティスト)の作品が世に生まれるよう、これからも励み続けていきます。

取材先情報

会社名(店舗名)株式会社 黒﨑打刃物
ご担当者様黒﨑 優
所在地 福井県越前市池泉町 19-13-1
電話番号0778-27-6230
業務内容刃物製造
サイトURLhttps://www.kurosakiknives.jp/
取材時期2024年

※ このページ内の情報は、取材当時のものであり最新のものと異なる可能性があります。