赤坂の住人が集うBar。マスターの呉島大輔氏はグローカルな縁を結び続ける

CULTURE

東京都の赤坂6丁目。グローバルな人材が集うこの場所で、ローカルな「縁」を結ぶBarがある。オーナーの呉島大輔氏自らがカウンターに立つ「Bar 舟」は、幕末の名士である勝海舟の自宅跡で、後に師弟関係となる坂本龍馬が暗殺に踏み込んだともいわれる歴史深い場所に佇んでいる。世界とつながる場所で、なぜ、「地元向けのコミュニケーションの場」を提供しているのか。その理由を聞いた。

Text by FUJITOMI Hiroyuki

Photographs by ANDO Keisuke

コロナで変わった客層と気付いた「可能性」

2014年に開業。当初から数年間、Bar舟は主にビジネスマンの会食や交流の場を提供していた。店のコンセプトも当初は「感度の高い人が交わる質の高い場」を意識。静かで落ち着いた空間と相まって、常連のビジネスマンも増えていった。事情が急変したのは、2020年3月以降に深刻化した新型コロナウイルス感染症の大流行だった。

「都の自粛要請もあり、5、6月の休業を経て営業を再開したとき、これまで何度も来店してくれていたお客様にも全く顔を出してもらえなくなりました。バーは密な場ですし、一件目のお店ではないので、きっと彼ら自身の生活スタイルが変わってしまった結果なのだと思います」

その一方、明らかに増えたのが赤坂に住むお客様だった。それから数カ月の間に、感度の高いビジネスパーソンの集う場所から、地元の人がゆったりとした時間を過ごすローカルなコミュニケーションが生まれる場に変貌しつつある。当初の思惑とは少し路線は異なるが、呉島氏はこの変化を好意的に受け入れている。

「コロナによって遠方で食事できなくなった人が地元の店に意識を向けてくれた結果だと思っています。これからの時代に必要なのは変化に対応していくこと。それに、ビジネスパーソンも、地元の方々のどちらもウチの店には『コミュニケーション』を求めてきてくださっていることを実感しています。ですから、その軸をしっかりと持っていれば客層が変わっても愛してもらえ続ける店になると考えています」

食事、酒、対面。バーで生まれるコミュニケーション

どんな時代になっても、コミュニケーションはなくならない。その場所として、バーは独自の価値を提供できる。だからこそ、Bar舟のコンセプトは「コミュニティの創造」なのだという。

「飲食の業界に飛び込んで約20年。レストランや中華などの調理、サービスを担い、赤坂に店を出す前は渋谷でビストロを経営していました。食事を提供する仕事は、立場が違っても、どれもお客様とのコミュニケーションが根幹にあると昔から考えています」

ホール、サービス担当などの直接、接する仕事はもちろん、調理担当者にとっても提供する料理を通じてお客様とコミュニケーションをとっていると呉島氏は考えている。ただ、そのなかでもバーテンはお客様と交流できる立場としては少し特別だ。

「バーテンはカウンターを挟んで対面でお客様と会話できます。また、私とお客様だけではなく、お客様同士の交流もこちらから促せる環境は、他の形態の店ではなかなか再現できないのではないでしょうか。それにコミュニケーションツールとしてとても有効な『酒』も利用できますしね(笑)」

ローカルなコミュニケーションが生まれる場だからこそ、気配りも重要だ。お客様が入店した際には、店内の状況に応じて案内する席を変える。例えば、店に一人しかお客様がおらず、新規でもう一人が入店した場合は二人が「間接視野」に収まるように席に案内する。

「無理強いはせず、自然な流れで交流が生まれるように心がけます。常に気を張るのでなく、あくまでお客様同士が心地よい空間を共有できるように意識するのがポイントですね」

バーで生まれる出会いと交流。「密」な店はなくならない

Bar舟には、親子二代や地方出身の独身者、さらに近隣に住む外国人など“グローカル”な地元の人が通っている。呉島氏が感じるのは、都会ならではのコミュニケーションの場の少なさとそれ故の需要の高さだ。

「場所柄、外国人や英語が堪能な日本人が多いので常連の方には、積極的に初めて来ていただいた外国人のお客様をアテンドしています(笑)。最近では、常連のフィンランド人の方が連れてきたモロッコ出身の人に気に入っていただき、その週に1人で4日も通っていただいたことも。ローカルといえども、色々な方にとって居心地が良い空間にする必要性は高いですね」

店内は盆栽や木製のカウンターなど、木を基調とした温かみのある店内はスタイリッシュながらも長く語らえる雰囲気だ。バーテンとして必要な呉島氏は“聞く力”が重要だと語る。それに加えて、客好みの酒もコミュニケーションツールとして欠かせない。

「今の時代、コミュニケーションのきっかけを探す人は多い。儲けを重視するのであれば多店舗展開が定石ですが、コロナ禍を乗り越えて気付いたのは小さくて『密』なお店はなくならないということ。まずは『舟』という場所ならではのコミュニケーションの場を提供して、一つでも多くの人と人との『縁』を結べるようにしていきたいですね」

調理・サービスなど、料理通じてコミュニケーションの視点から実践してきた呉島氏。そのなかでも特にコミュニケーションの場として優れているバーのカウンターの向こうに立ち、今日も赤坂の住人たちの『縁』を結んでいる。呉島氏の舟の上では、今後、どのような出会いが生まれるのだろうか。

コミュニケーション未来

変化に対応できるコミュニケーションの場をつくる

東京生まれ、東京育ちの人は赤坂には多くありません。だからこそ、みんな人の温もりや弾む会話を求めて舟のドアを開けるのだと思います。今は地元の方々に向けてサービスを振る舞っていますが、その根幹には人種、育ち、仕事には関係ない『コミュニケーション』があるのだと思います。赤坂の小さな店ですが、どんな人が来ても変わらずもてなして、くつろげる空間をつくること。それが今、私が目指しているBar舟の1つのカタチです。

取材先情報

会社名(店舗名)Bar 舟
ご担当者様呉島大輔
所在地東京都港区赤坂6丁目10−39
電話番号 03-6277-6034
営業時間20:00~3:30(L.O.3:00)
定休日毎週日曜・祝日
業務内容飲食業
サイトURLhttps://badabing.jp/fune/
取材時期2024年

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