地方から音を未来と世界へ。『evance』渡邊雅文氏が映像作品に吹き込む圧倒的な没入感

MUSIC

穏やかな瀬戸内に抱かれた香川県高松市から、映像作品に欠かせない効果音を世界に届ける職人がいる。音響制作会社『evance』の代表取締役でフォーリーアーティストの渡邊雅文氏だ。食器と箸が触れる音、トタンを打つ雨音、廊下を駆ける足音……。効果音を通じて『君の膵臓をたべたい』、『全裸監督』など、数多くのアニメやドラマ、映画の臨場感、リアルさを演出している。映像作品の価値を高める音ととは何なのか、そもそも音とはどのような存在なのか。効果音制作のプロフェッショナルの渡邊雅文氏に伺った。

Interview with NISHINAKA Masakazu

Text by FUJITOMI Hiroyuki

Photographs by NABESAKA Shigenobu

『地獄耳』と呼ばれた少年時代。効果音との出会いは

効果音の制作、演出のプロフェッショナルである渡邊氏。現在の活躍ぶりからは想像できないが、元々は建築家志望で音に携わる仕事に就くことは考えていなかったという。渡邊氏が音にのめり込んでいった経緯をたどってみよう。

「父親が映像制作の仕事をしていたので、幼い頃から音に囲まれて生活をしていました。そのせいか、幼い頃から周囲の音にすごく敏感で親から『地獄耳』と呼ばれていましたね(笑)。ただ、中学二年生の頃まで“効果音”を意識したことはありませんでした。音だけで世界を表現するラジオドラマも大好きでしたが、“いいなぁ”と感じるくらいで、当時はまだ私にとって遠い世界でした。」

本格的に『音』に興味を持つきっかけになったのは、高校三年生になってからだ。当時、渡邊氏は友人らとバンドを組み、ドラムを担当。本気でプロを目指していたものの、ふと『誰かが書いた譜面ではなく、自分の頭のなかのものを形にしたい』と思い、大阪芸術大に進学。ミュージカルの舞台音響(PA)などを担当するうちに音の魅力にはまっていった。。

「音を編集してパッケージ化する能力には自信がありました。就活時には“日本で音を発信するならアニメしかない!”と思い、東京の効果音制作会社に入社しました。色々な仕事を経験させてもらいました。ただ、フォーリー(効果音制作)は会社にとって“神聖な仕事”で、社長や先輩たちの役割。私はほとんど任せもらえませんでした。」

「独立当初はドラマCDの音響効果が中心でした。転機が訪れたのは、アニメ“ダンガンロンパ”のスポット案件でした。その仕事が評価されて引き続きお仕事をいただくようになりました。その後は実写映画の依頼も増えましたね。ずっとやりたかった効果音制作(フォーリー)も独学で学び続けました。そのうち、次第に案件も増えいつの間にかメインだった音響効果の仕事量を超えたのです。」

あやふやだから深みにはまる。音は映像作品の主役

順調に事業は拡大し、2015年に株式会社evance(エヴァンス)を設立した。社名はドラムヘッドメーカーに由来し、『映像作品の後方支援』と『打てば響く』というダブルミーニングだという。

剣戟音やモンスターの鳴き声、足音などあらゆる音を創造する渡邊氏にとって、効果音とはどのような存在なのだろうか。

「善し悪しの基準を含め存在そのものがあやふやで、ASMRのように心地良い理由はよく分からないけれど生理的に好き。だからこそ、これまで音に寄り添えてこられたのだと思います。もしも音がイラストや学問として音楽のように一定の評価基準で批評される対象だったら、きっと私はここまでのめり込んではいなかったはずです。」

音は映像作品のインターフェイスの一つでありつつも、主役である。そのプライドが渡邊氏の効果音制作の根底にある。

「アニメ作品の効果音は、未完成の“映像”と映像外で起こっている事象を示した“文字”を元に真っ白な状態から作り上げます。表現しなければならないのは、画面上の人やものの動きだけではありません。喧嘩相手がドアを開けて去っていく音、後ろから敵の戦闘機が迫ってくる音など、画面外の情報も届けなければならないのです。重要なのは“没入感”。映像だけでは完璧に没入感を演出することはできません。映像にリアルで感情を独占するすごい音が付くことで、視聴者が自分を忘れてしまい、帰ってこられなくなるほどの没入感を生み出せるのだと考えています。」

子供たちに伝えたい。音の曖昧さの魅力。

日本では数少ないフォーリーアーティストとして活躍する渡邊氏が注力しているのが、子供たちに音の魅力を伝える活動だ。ワークショップなどを通じて、子供たちに音への情熱を抱いてもらうように積極的に働きかけることで、業界全体の課題になっている後継者不足の解決と効果音制作そのものの周知を図ろうとしている

「音を生み出す構造などを理解してもらいたいわけではありません。音に対する“わっ!”といった驚きや“よく分からないけど好きな音”を感じてほしいです。私にも中学3年の息子と小学1年の娘がいますが、最近は親も子どももはっきりした答えがあるものを好む人が多く、『なんとなく』を感じられる機会が減っているのではないかと思います。波の音を作り出すのにあずきを使っても良いし、枕をたわしでこすっても良いのです。明確な答えがないものを試行錯誤しながら作り出すことで、自分のなかの正解を探し出してほしいと思います。」

映像やドラマCDなど、幅広い作品に没入感を加えるためにあらゆる音を生み出して、演出してきた渡邊氏。そんな日本指折りのフォーリーアーティストの視線は、常に未来に向けられている。世界的な作品の音を作り上げる一方で、渡邊氏が故郷の香川県高松市で地道に続ける音の魅力を伝える活動は、今後、どのような未来を描き出くだろうか。

未来

クリエイティブを通じて、子どもたちの表現の場をつくる

胸の奥が暖かかったり、ぞわぞわしたり。自分の思いを形にするって難しい。それも大人になればなるほど、どうやってその思いを外に出したら良いのかが分からなくなってしまいます。けれど自分の思いを『クリエイティブ』というインターフェイスを通じて表現することで、今、それから明日の自分を気付ける環境を生まれ育った香川県高松市で作り上げていきたいです。

取材先情報

会社名(店舗名)株式会社evance
ご担当者様代表取締役 渡邊雅文
所在地〒760-0080 香川県高松市木太町3235-2
サイトURLhttp://agpdax117.wixsite.com/evance
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取材時期2024年

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